【アラベスク】メニューへ戻る 第6章【雲隠れ (前編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第3節 意地も虚勢も実力のうち? [6]




 大して広くもないのに、ひどく広大な部屋に感じる。
 HR後、できるだけ早く教室を出た。
 取り巻く女子生徒の話を右から左に聞き流し、甘い声を甘い笑顔で悩殺しつつ、駅舎へ向かった。
 美鶴からどのような視線を向けられるのか、正直不安はあった。
 夏休み前のように、一方的に拒絶されるであろうとも覚悟はしていた。
 でも、会わずにはいられない。

 だって、逢いたい。
 逢いたいんだ。

 その一心で駅舎まで辿り着いた。
 だが、そこに待っていたのは無人の空間。美鶴はおろか、聡もいない。
 聡はむしろいない方がいい。だが美鶴まで?
 まだ来ていないのだろうか?
 最初はそう思い、だがすると、別の疑問が浮かび上がる。
 なぜ、鍵が開いているのだろう?
 今、瑠駆真が手を添える駅舎の入り口。来た時、すでに開いていた。
 鍵を開けた後、どこかへ行ったのだろうか?
 ならば、待っていれば戻ってくる。
 そう思い、しばらく待った。
 腹が減り、コンビニへ向かい、戻ってきたがまだいない。
 あんなに覚悟して来たのに、肩透かしを食らわされた気分。
 虚無のようなボンヤリとした世界の中で、本当にボンヤリと(ぬる)い冷やし中華そばを食した。
 コンビニへゴミを捨てに行き、戻ってきても、やはり待つのは無人の世界。
 ひょっとして、今日は駅舎に来ないのか?
 じゃあ鍵は?
 思い浮かぶのは、色白の美青年。
 彼か、もしくは木崎(きざき)という老人が鍵を開けたとも考えられる。
 だが、なぜ?
 夏休みの間は、彼らが施錠と開錠を行っていた。それは瑠駆真も知っている。だが学校が始まれば、また美鶴が管理するはずだ。
 なぜ?
 そこまで考え、そしてそこで唇を噛み締める。
 もうこれで何度目だろう。
 行き当たる考えに、苛立ちを感じる。

 僕を、避けているのだろうか?

 成績の事を、まだ怒っているのだろうか? もう僕には会いたくないと、そういう意思表示なのだろうか?
 僕を避ける為に、駅舎の管理を霞流という青年へ返上したのだろうか?
 美鶴はこの空間を気に入っていたはずだ。
 最近では騒々しくなったと愚痴ることもあるが、それでも寄らない日はなかった。
 瑠駆真が高級マンションの一室を与え、通学ルート上から駅舎の存在が外れても、わざわざ定期を買ってまで通っていた。
 こちらが嫉妬するほどに、美鶴はこの場所が気に入っていたはずなのだ。
 その管理を、霞流に返してしまった。
 なぜ? 僕を避ける為に?
 顔だけ室内に向けていたのを、今度は全身で向かい合う。大股で入り込み、椅子に腰をおろした。
 よく美鶴が座っている場所。だから、滅多には座れない場所。
 それほどまでに、僕を拒絶するのか?
 思えば美鶴との距離は、まったく縮まっていない。いないような気がする。
 四月に再会してからと言うもの、二人の間柄はどれほど密になっただろうか?
 この数ヶ月の成果と言えば、せいぜい名前で呼び合えるようになったくらい。それも、強引に瑠駆真が承諾させた。
 どうすれば、美鶴の心を引き寄せることができる?
 そこまできて、いつも堂々巡り。
 何が? 僕に何が必要なのだ? なぜ僕は想われない?
 興味を持ってくれる異性は、今なら両手では数えきれぬほど存在する。中学時代には考えられなかった存在。
 同級生とは冷たいモノだ。
 瑠駆真にこびりついた擦れた感情。それが彼女らの行動を(しら)けさせる。
 だが、邪険にも扱えない。
 集団生活の中において、自分を良く思ってくれる存在は貴重だ。その重要性を、瑠駆真は中学時代の経験から痛感している。







あなたが現在お読みになっているのは、第6章【雲隠れ (前編)】第3節【意地も虚勢も実力のうち?】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第6章【雲隠れ (前編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)